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大阪に憧れていた辻慶子さんが、三豊市にUターンしたきっかけは?(前編)

香川県三豊市でのさまざまな生き方を紹介する本企画。今回ご紹介するのは、大阪に憧れ三豊市を飛び出したものの、紆余曲折を経てUターンし、今はゲストハウスの運営などに携わる辻慶子さんです。

※本記事は2021年12月1日に旧・週刊みとよ ほんまモンRadio!(Seesaaブログ)で紹介した記事を再編集したものです。

前回は、「この町には何もない」と思って外に飛び出したものの、現在は三豊市にUターンし、父母ヶ浜の活性化に携わっている今川亜由美さんを紹介しました。

https://mitoyo-city.note.jp/n/n31a47e4a804a

辻慶子さんも同様に、高校卒業後、大阪へ進学し、そのまま就職。三豊市にUターンしたのは、約20年後の2021年春となります。

慶子さんが育ったのは、三豊市仁尾町にある食料品店。ここは現在、お豆腐屋の「宗一郎豆冨」と、宿泊施設の「大家族宿 辻家」となっています。

まずは、子ども時代のことから伺ってみました!

大家族の出身

ー子どもの頃の思い出はありますか?

慶子さん:ひいばあちゃん、祖父母、両親、そして6人兄弟、合計11人で暮らしていたので、町内では知らない人はいない大家族辻家でしたね。

ひいばあちゃんが、仁尾町で初めてアイスキャンデーを売っていたので、よく『あそこのキャンディー屋の孫やろ』って聞かれてました。

まさにこの角で、地元の食料品店をしていて、食品から日用品、ある意味、何でもあるお店でした。

味噌やばあちゃんが作ったぬか漬けも量り売りしたり、豆腐やこんにゃくをボウルを持って近所の人たちが買いものに来てましたね。

宗一郎豆冨のある角が元のご実家!

私は、店番もするし、兄弟の面倒もよく見ていたので、よくお手伝いするいい子だと思われてましたよ。近所のおばちゃんたちに、『しっかりしとる、よくお手伝いしとる』といつも褒められてましたね。

ーしっかり者の長女ちゃん!それでも進学の機会で、県外に行こうと思ったのですよね?

慶子さん:隣市の観音寺第一高校に進学しましたが、高校はめちゃくちゃ楽しかったですね!

それまでとは違う新しい友人に出会い、部活でも学校生活でも活躍できる場所があって満喫していました。今でも付き合いのある友人の多くは、高校時代に出会った友人たちですね。

周りは大学進学を考える友人が多い中で、進学は考えてなくて、ただ、大阪が楽しそう!と、大阪に行くってことを先に決めてました。進路指導の先生がすごく親身になってくれる人で、『なんのために行くんだ?』と、いろんな提案をしてくれました。

そのなかで、『おまえは、接客業とか人と関わる仕事をしろ!』とホテル専門学校を勧めてくれました。そのアドバイスはピンと来て、まずはそこに行くことにしました。

充実した大阪での日々

ーおー!念願の大阪生活!!!そこから、大阪生活が長くなるんですね!?

慶子さん:大阪は本当に楽しかったです! 卒業も近づき、就職先を考え始めた時が、ちょうど、ユニバーサルスタジオが大阪にオープンするタイミングでした。

なので、学んでいたホテル業や観光業の景気も良かったのですが、学生時代に始めた飲食業の方が楽しくなってしまい、卒業後もそのまま飲食業を続けることにしました。

就職してしばらくしてから、飲食業のオーナーが始めた女性向けレンタル衣装のビジネスのマネージャーも任されるようになり、20代前半は華やかな世界に関わらせてもらいましたね。

仕事はドレスの買い付けやスタッフ育成、営業などの見えない部分も任されて忙しくしていましたが、若い女性たちが輝いていく様子を見ているのは楽しかったですね。

若かりし、やんちゃにバリバリ働いていた時!

ー華やかな世界でバリバリ働いていたんですね!!!

慶子さん:だったのですが・・・

突然、オーナーが辞めると言い出して、それまで頑張ってきた仕事が一瞬でなくなってしまったんです。すごく頑張ってやっていたのに、突然すべてを失うことがあるんだと茫然としました。

あまりにショックで、・・・、もう大阪では暮らせないと思って、実家の仁尾町に戻って過ごしていたのですが、半年もたたないうちに、やっぱ仁尾じゃおもんない!って思って、また大阪へ戻ることにしました!

ーあはは! まだまだ20代、元気にいろいろできるときですもんね!さすが!たくましい!!!

慶子さん:今度は、普通に就職してゼロから頑張ろうと思い、不動産会社に入社しました。

この時期に、結婚、出産が続きました。子どもは3人になり、当然ですが思うように働けなくなってきたのですが、3人目を出産するときには、早めに保育所も見つけて、仕事復帰も目指し、仕事、家事、育児をこなす忙しい日々を過ごしていました。

子育て充実時代

離婚、そして三豊へUターン

ー忙しそうですが、充実の毎日ですね!

慶子さん:そうなんですよ・・・と言いたいところなのですが、なんと、離婚することになり、シングルマザーになりました。

自立するために、ちゃんと働こう!と思って入った民泊運営会社は、忙しすぎて半年で退社。

本当に追い詰められる気持ちでしたが、もう一度、定時に仕事を終えて帰宅できそうな大手の会社にターゲットを絞り就活をし、希望通りの就職を果たしました。

朝8時~夕方5時まで、職場環境もよくて福利厚生もしっかりしてました。でも毎日、PCに向かって仕事をする日々がずっと続くんですよね。

その頃ですね・・・香川に帰ろうかなと考え始めたのは。

とはいえ、実家のある三豊市に仕事があるのかという点がすごく心配でした。

ー仕事と住まいは、ネットで検索するだけでは実際のところはわからないところもありますからね。

慶子さん:2020年夏、三豊に帰り、高校時代の友人に相談してみたところ、『ちょっと当たらせて!』と頼もしい言葉をかけてもらいました。

なんでも、ここ数年、三豊市内にはゲストハウスなどが増えてきて、運営管理できる人を募集しているところがあると思うから、聞いてくれるというのです!

ということで、慶子さんの三豊での仕事は無事に見つかるのか・・・。続きは後編で紹介します。

後編はこちら。
https://mitoyo-city.note.jp/n/nfad0cc5cbbf7

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